さい。」
「これ等のものがこれまであった事柄の影法師だとは、私からお前さんに云って置いたじゃないか」と、幽霊は云った。「あれがあの通りだからと云って、私を咎めては不可ないよ。」
「どこかへ連れて行って下さい!」と、スクルージは叫んだ。「私にはもう見て居られません!」
彼は幽霊の方へ振り向いた。そして、幽霊が、それまで彼に見せたいろんな人の顔が妙な工合にちらちらとそこに現われているような顔をして、じっと自分を見詰めているのを見て、どこまでも幽霊と揉み合った。
「貴方もどこかへ行って下さい! 私を連れ帰って下さい。もう二度と私の所へ出て下さるな!」
この争闘の間に――幽霊の方では少しも目に見えるような抵抗はしないのに、敵手がいくら努力してもびくとも動じないと云うような、これが争闘と称ばれ得るものなれば――スクルージは幽霊の頭の光が高く煌々と燃え立っているのを見た。そして、幽霊の自分の上に及ぼす勢力とその光とを朧げながら結び着けて、その消化器の帽を引っ奪って、いきなり飛びかかってそれを幽霊の頭の上に圧し附けた。
精霊はその下にへちゃへちゃと倒れた。その結果、精霊はその全身を消化器の中に包まれてしまった。が、スクルージは全身の力を籠めてそれを抑え附けていたけれども、なおその下から地面の上に一面の洪水となって流れ出すその光を隠すことが出来なかった。
彼は自分の身が疲れ果てて、とても我慢し切れない睡魔に圧倒されているのを意識していた。それだけなら可いが、なおその上に自分の寝室の中に寝ていることも意識していた。彼はその帽子に最後の一と拈《ひね》りを呉れた。それと同時に彼の手が緩んだ。そして、ようよう寝床の中へよろけ込むか込まないうちに、ぐっすり寝込んでしまった。
第三章 第二の精霊
素敵《すてき》もない大きな鼾を掻いている最中に不図眼を覚まして、頭を明瞭《はっきり》させようと床の上に起き直りながら、スクルージは別段報告されんでも鐘がまた一時を打つところであるのを悟った。ジェコブ・マアレイの媒介に依って派遣された第二の使者と会議を開こうと云う特別の目的のためには、随分際どい時に正気に返ったものだと、彼は心の中で思った。が、今度の幽霊はどの帷幄を引き寄せて這入って来るだろうかと、それが気になり出すと、どうも気味悪い寒さを背中に覚えたので、彼は自分の手でそれ等の窓掛
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