を残らず側《わき》へ片寄せた。それからまた横になって、鋭い眼を寝台の周囲に放ちながら、じっと見張っていた。と云うのは、彼も今度は精霊が出現するその瞬間に、こちらから戦いを挑んでやろうと思ったからで、不意を打たれて、戦々《おどおど》するようになっては耐らないと思ったからである。
如才がないと云うことと、常にぼんやりしていないと云うことを自慢にしている、磊落なこせつかない[#「こせつかない」に傍点]質《たち》の紳士と云うものは、『字《じ》か素《す》か』と云うような子供の遊戯から殺人罪に到るまで何でも覚悟していると云うようなことを云って、冒険に対する自分の能力の範囲の広大なことを表現するものである。なるほど、この両極端の間には、随分広大で包括的な問題の範囲がある。スクルージのためにこれほど大胆不敵な真似は敢てしないでも、私は、彼が不思議な出現物の可なり広い範囲に対して覚悟をしていたことを、赤ん坊と犀との間なら何が出て来てもそんなに彼を驚かせなかったろうと云うことを信じて貰いたいと、諸君に向って要求することを意とするものではない。
ところで、スクルージはまず何物に対しても心構えはしていたようなものの、無に対しては少しも覚悟が出来ていなかった。従って、鐘が一時を打って、何の姿も現われなかった時には、恐ろしい戦慄の発作に襲われた。五分、十分、十五分と経っても、何一つ出て来ない。その間彼は寝台の上に、燃え立つような赤い光の真只中《まっただなか》に横になっていた。その光は、時計が一時を告げた時に、その寝台の上を流れ出したものである。そして、それがただの光であって、しかもそれが何を意味しているか、何をどうしようとしているのか、さっぱり見当を附けることが出来なかったので、スクルージに取っては十二の妖怪が出たよりも一層驚駭すべきものであった。時としてはまたその瞬間に自分が、それと知るだけの慰藉さえも持たないで、自然燃焼の興味ある実例に陥っているのじゃあるまいかと、怖ろしくもあった。が、最後に彼も考え出した――それは読者や著者の私なら最初に考え附いたことなのだ。と云うのはこういう難局に当ってはどう云う風にせねばならぬかと云うことを知って、またきっとそれを実行するであろうところのものは、常に難局の中にある者ではない。当事者以外の者であるからである。――で、私は云う、最後に彼もこの怪しい光
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