到、そして、何の防禦用意もない担夫に向って一斉に突撃が試みられた! それから椅子を梯子にして、その男の体躯に這い上りながら、その衣嚢《かくし》に手を突き込んだり、茶色の紙包みを引奪《ひったく》ったり、襟飾りに獅噛み着いたり、頸の周りに抱き着いたり、背中をぽんぽん叩いたり、抑え切れぬ愛情で足を蹴ったりが続く! 包みが拡げられる度に、驚嘆と喜悦の叫声でそれが迎えられた。赤ん坊が人形のフライ鍋を口に入れようとしているところを捕えただの、木皿に糊づけになっていた玩具の七面鳥を呑み込んじゃったらしい、どうもそれに違いないのだと云うような、怖ろしい披露! ところが、これは空騒ぎに過ぎなかったと分って、やれやれと云う大安心! 喜悦と感謝と有頂天! それがどれもこれも皆等しく筆紙に尽くし難い。で、その内にはだんだん子供達とその感動とが客間を出て、長い間かかって一段ずつ、階子段をやっと家の最上階まで上って行って、そこで寝床に這入ると、そのまま鎮まったとさえ云えば、沢山である。
そして、今やこの家の主人公が、さも甘ったれるように娘を自分の方へ凭れ掛けさせながら、その娘やその母親と一緒に自分の炉辺に腰を卸した時、スクルージは前よりも一層注意して見守っていた。そして、ちょうどこの娘と同じように優雅で行末の望みも多い娘が、自分を父と呼んで、己れの一生のやつれ果てた冬の時代に春の時候をもたらしてくれたかも知れないと想い遣った時、彼の視覚は本当にぼんやりと霑《うる》んで来た。
「ベルや」と、良人は微笑して妻の方へ振り向きながら云った。「今日の午後、お前の昔馴染に出会ったよ。」
「誰ですか。」
「中《あ》てて御覧。」
「そんな事中てられるものですか。いえなに、もう分りましたよ」と、良人が笑った時に自分も一緒になって笑いながら、彼女は一息に附け加えた。「スクルージさんでしょう。」
「そのスクルージさんだよ。私はあの人の事務所の窓の前を通ったのだ。ところで、その窓が閉め切ってなくって、室の中に蝋燭が点火してあったものだから、どうもあの人を見ない訳に行かなかったのさ。あの人の組合員は病気で死にそうだと云う話を聞いたがね。その室にあの人は一人で腰掛けていたよ――世界中に全くの一人ぼっちで、私はきっとそうだと思うね。」
「精霊どの!」と、スクルージは途切れ途切れの声で云った。「どうか他の所へ連れて行って下
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