さであった。と云うのは、心に落着きのないスクルージには数え切れないほど大勢の子供がいたからであった。あの有名な詩中(註、ウォーヅウォースの「弥生に書かれたる」と題する短詩。)の羊の群とは違って、四十人の子供が一人のように振舞うのではなく、各一人の子供が四十人のように活動するのだから溜まらない。従ってその結果は信じられないほどの賑やかさであった。が、誰もそれを気にするようには見えない。それどころか、母親と娘とはきゃっきゃっと笑いながら、それを見て非常に喜んでいた。そして、娘の方は間もなくその遊戯に加わったが、たちまち若い山賊どもに、それはそれは残酷に剥ぎ取られてしまった。私もあの山賊の一人になることが出来たら、どんな物でも呉れてやるね、きっと呉れてやるよ。とは云え、私なら決してあんなに乱暴はしないね、断じて断じて。世界中の富を呉れると云っても、あの綺麗に編んだ毛をむしゃくしゃにしたり、ぐんぐん引き解いたりはしない積りだね。それからあの貴重な小さい靴だが、神も照覧あれ! たとい自分の生命を救うためだと云っても、私はそれを無理に引っ奪《た》くるようなことはしないね。冗談にも彼等、大胆な若い雛っ子連がやったように彼女の腰に抱き着くなんてことは、私には到底出来ないことだ。そんな事をすれば、私はその罰として腰の周りに私の腕が根を生やしてしまって、もう再び真直に延びないものと予期しなければならない。然も、実際を白状すると、私は堪らなく彼女の唇に触れたかったのだ。その唇を開かせるために、彼女に言葉を懸けて見たかったのだ。その伏眼がちの眼と睫毛を見詰めながら、しかも顔を赧らめさせずに置きたかったのだ。髪の毛を解いてゆるく波打たせて見たかったのだ。その一インチでも価に積もれないほど貴重な記念品になるその髪の毛を。一口に云えば、私は、まあ白状するがね、このもっとも重大な子供の特権を有しながら、しかもその特権の価値を知っているほどの大人でありたかったのだ。
 ところが、今や入口の扉を叩く音が聞えた。すると、たちまち突貫がそれに続いて起って、彼女はにこにこ笑いながら、滅茶々々に着物を引き剥がされたまま、顔を火照らした騒々しい群れの真中に挟まれて、やっと父親の出迎いに間に合うように、入口の方へ引き摺られて行った。父親は、聖降誕祭の玩具や贈物を背負った男を伴れて戻って来たのである。次には叫喚と殺
前へ 次へ
全92ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森田 草平 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング