ような真相を知った時には、(同時に)それがどんなに強く、かつ抵抗すべからざるものであるか、あるに違いないかと云うことを知ってるんですよ。まあ今日にしろ、明日にしろ、また昨日にしても、貴方が仮りに自由の身におなんなすったとして、持参金のない娘を貴方がお選びになるなぞと云うことが、私に信じられましょうか――その女と差向いで話しをなさる時ですら、何も彼も欲得ずくで測って見ようと云う貴方がさ。それとも、一時の気紛れから貴方がその唯一の嚮導の主義に背いてその女をお選びになったところで、後ではきっと後悔したり悔んだりなさるに違いないのを、私を知らないでしょうか。私はちゃんと知っています。そして、貴方との縁を切って上げます――それはもう心から喜んで、昔の貴方に対する愛のためにね。」
 彼は何か云おうとした。が、彼女は相手に顔をそむけたまま再び言葉を続けた。
「貴方にもこれは多少の苦痛かも知れない――これまでの事を思うと、何だか本当にそうあって欲しいような気もしますがね。しかしそれもほん[#「ほん」に傍点]の僅かの間ですよ。僅かの間経てば、貴方はじきにそんな想い出は、一文にもならない夢として、喜んで抛棄しておしまいになるでしょうよ。まああんな夢から覚めて好かったと云うように思ってね。どうかまあ貴方のお選びになった生活で幸福に暮して下さいませ!」
 彼女は男の前を去った。こうして、二人は別れてしまった。
「精霊どの!」と、スクルージは云った、「もう見せて下さいますな! 自宅《うち》へ連れて行って下さいませ。どうして貴方は私を苦しめるのが面白いのですか。」
「もう一つ幻影《まぼろし》を見せて上げるのだ!」と、幽霊は叫んだ。
「もう沢山です!」と、スクルージは叫んだ。「もう沢山です。もう見たくありません。もう見せないで下さい!」
 が、毫も容赦のない幽霊は両腕の中に彼を羽翼締《はがいじ》めにして、無理矢理に次に起ったことを観察させた。
 それは別の光景でもあれば別の場所でもあった。大層広くもなく、綺麗でもないが、住心地よく出来た部屋であった。冬の煖炉の傍に一人の美しい若い娘が腰掛けていた。その娘は、自分の娘の向い側に、今では身綺麗な内儀になって腰掛けている彼女を見るまでは、スクルージも同一人だと信じ切っていた位に、前の場面に出て来たあの少女とよく似ていた。部屋の中の物音は申分のない騒々し
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