に五十ポンドでも遺して置くような心持にして遣れたら、それだけでも何分かの事はあった訳だからね。それに、僕は昨日あの人の心を顛動させて遣ったように思うんだよ。」
 彼がスクルージの心を顛倒させたなぞと云うのが可笑しいと云って、今度は一同が笑い番になった。が、彼は心の底から気立ての好い人で、とにかく彼等が笑いさえすれば何を笑おうと余り気に懸けていなかったので、自分も一緒になって笑って一同の哄笑を[#「哄笑を」は底本では「洪笑を」]励ますようにした。そして、愉快そうに瓶を廻わした。
 お茶が済んでから、一同は二三の音楽をやった。と云うのは、彼等は音楽好きの一家であったから。そして、グリーやキャッチを唄った時には、仲々皆手に入ったものであった。殊にトッパーは巧妙な唄い手らしく最低音で唸って退けたものだが、それを唄いながら、格別前額に太い筋も立てなければ顔中真赧になりもしなかった。スクルージの姪は竪琴を上手に弾いた。そして、いろいろな曲を弾いた中に、一寸した小曲(ほん[#「ほん」に傍点]の詰らないもの、二分間で覚えてさっさと口笛で吹かれそうなもの)を弾いたが、これはスクルージが過去の聖降誕祭の精霊に依って憶い出させて貰った通りに、寄宿学校からスクルージを連れに帰ったあの女の子が好くやっていたものであった。この一節が鳴り渡ったとき、その精霊がかつて彼に示して呉れたすべての事柄が残らず彼の心に浮んで来た。彼の心はだんだん和いで来た。そして、数年前に幾度かこの曲を聴くことが出来たら、彼はジェコブ・マアレイを埋葬した寺男の鍬に頼らずして、自分自身の手で自分の幸福のために人の世の親切を培い得たかも知れなかったと考えるようになった。
 が、彼等も専ら音楽ばかりして、その夜を過ごしはしなかった。暫時すると、彼等は罰金遊びを始めた。と云うのは、時には子供になるのも好い事であるからである。そして、それには、その偉大なる創立者自身が子供であるところからして、聖降誕祭の時が一番好い。まあ、お待ちなさい。まず第一には目隠し遊びがあった。もちろんあった。私はトッパーがその靴に眼を持っていたと信じないと同様にまったくの盲目《めくら》であるとは信じない。私の意見では、彼とスクルージの甥との間にはもう話は済んでいるらしい。そして、現在の聖降誕祭の精霊もそれを知っているのである。彼がレースの半襟を掛けた肥った
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