を休めて居たことがない。創作をする傍、赤ン坊の着物も縫へば、お芋の皮も剥く。いや、赤ン坊の着物を縫ひ/\、お芋の皮を剥く傍創作をしたのでした。實際、おしづさんは勝手元の料理が上手でした――尤も、多少飯事《まゝごと》のやうでもあつたけれど。私の家は老女《としより》始め舊式な女ばかり揃つて居る家ですが、其の私の家へ始めてフライ鍋を輸入して、手製の洋食が喫《た》べられるやうにして呉れたのはおしづさんでした。さう、あの子が來出した初めの頃です。臺所の板の間《ま》へぺちやんこ[#「ぺちやんこ」に傍点]と坐つて、新に買はせたフライ鍋や、ヘツトや、チーズや、パン粉を膝の周りに引寄せながら、あの可愛らしい手で――おしづさんは決して美人ではなかつたが、手だけは尖細《さきぼそ》の、あれが圓錐型《テーパがた》とでも云ふでせう、非常に美しい手をして居ました――米利堅粉を捏《こ》ねて、始めてコロツケを造つて喰はせて呉れたことを今でもおぼえて居る。
 上野山君と結婚してから、間もなくおしづさんは二人で伊勢から鳥羽、京都の邊へ半年餘りも旅行しました。あの時代がおしづさんの一生の花時代のやうに外間からは想像されます。
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