雨となった。
「なに、直ぐに晴れます。」
社務所の人は慰めてくれたが、なにしろ場所が場所である。孤島の雷雨はいよいよ凄愴《せいそう》の感が深い。あたまの上の山からは瀧のように水が落ちて来る、海はどうどう[#「どうどう」に傍点]と鳴っている。雷は縦横無尽に駈けめぐってガラガラとひびいている。文字通りの天地震動である。こんなありさまで、あしたは無事に帰られるかと危ぶまれた。天候の悪いときには幾日も帰られないこともあるが、社務所の倉には十分の食料がたくわえてあるから、決して心配には及ばないと云い聞かされて、心細いなかにも少しく意を強うした。
社務所の人の話に嘘はなかった。さすがの雷雨も十二時を過ぎる頃からだんだんに衰えて、枕もとの時計が一時を知らせる頃には、山のあたりで鹿の鳴く声がきこえた。喜んで窓をあけて見ると、空は拭《ぬぐ》ったように晴れ渡って、旧暦八月の月が昼のように明るく照らしていた。私はあしたの天気を楽しみながら、窓に倚《よ》って徐《しず》かに鹿の声を聞いた。その爽《さわや》かな心持は今も忘れないが、その夜の雷雨のおそろしさも、おなじく忘れ得ない。
白柳秀湖《しらやなぎしゅう
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