、車夫も思うようには進まれない。ようように五軒町《ごけんちょう》附近まで来かかった時、ゆく先がぱっ[#「ぱっ」に傍点]と明るくなって、がん[#「がん」に傍点]というような霹靂一声、車夫はたちまちに膝を突いた。車は幌《ほろ》のままで横に倒れた。わたしも一緒に投げ出された。幌が深いので、車外へは転げ出さなかったが、ともかくもはっ[#「はっ」に傍点]と思う間にわたしの体は横倒しになっていた。二、三丁さきの旅籠町《はたごちょう》辺の往来のまんなかに落雷したのである。
 わたしは別に怪我《けが》もなかった。車夫も膝がしらを少し擦り剥《む》いたぐらいで、さしたる怪我もなかった。落雷が大地にひびいて、思わず膝を折ってしまったと、車夫は話した。しかし大難が小難で済んだわけで、もし私の車がもう一、二丁も南へ進んでいたら、どんな禍《わざわ》いを蒙《こうむ》ったか判らない。二人はたがいに無事を祝して、豪雨のなかをまた急いだ。
 その三は、大正二年の九月、仙台《せんだい》の塩竃《しおがま》から金華山《きんかざん》参詣の小蒸汽船に乗って行って、島内の社務所に一泊した夜である。午後十時頃から山もくずれるような大雷
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