て、東京などは近年たしかに雷雨が少なくなった。第一に夕立の降り方までが違って来た。むかしの夕立は、今までカンカン天気であったかと思うと、俄かに蝉の声がやむ、頭の上が暗くなる。おやッと思う間に、一朶《いちだ》の黒雲が青空に拡がって、文字通りの驟雨沛然《しゅううはいぜん》、水けむりを立てて瀧のように降って来る。
往来の人々はあわてて逃げる。家々では慌《あわ》てて雨戸をしめる、干物《ほしもの》を片付ける。周章狼狽《しゅうしょうろうばい》、いやもう乱痴気騒ぎであるが、その夕立も一時間とはつづかず、せいぜい二十分か三十分でカラリと晴れて、夕日が赫《かっ》と照る、蝉がまた啼き出すという始末。急がずば湿《ぬ》れざらましを旅人の、あとより晴るる野路の村雨《むらさめ》――太田道灌《おおたどうかん》よく詠んだとは、まったく此の事であった。近年こんな夕立はめったにない。
空がだんだんに曇って来て、今に降るかと用意していても、この頃の雷雨は待機の姿勢を取って容易に動かない。三、四十分ないし一時間の余裕をあたえて、それからポツポツ降り出して来るという順序で、昔のような不意撃ちを食わせない。いわんや青天《せい
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