と一層涼しく美しい。一緒に大きい亀の子などを売っていれば、更におもしろい。
 こんなことを一々かぞえたてていたら際限がない。
 心頭《しんとう》を滅却すれば火もおのずから涼し。――そんなむずかしい悟《さと》りを開くまでもなく、誰でもおのずから暑中の涼味を見いだすことを知っている。とりわけて市中に住むものは、山によらず、水に依らずして、到るところに涼味を見いだすことを最もよく知っているのである。
 わたしは滅多に避暑旅行などをしたことは無い。

     夏の食いもの

 ひろく夏の食いものと云えば格別、それを食卓の上にのみ限る場合には、その範囲がよほど狭くなるようである。
 勿論、コールドビーフやハムサラダでビールを一杯飲むのもいい。日本流の洗肉《あらい》や水貝《みずがい》も悪くない。果物にパンぐらいで、あっさりと冷やし紅茶を飲むのもいい。
 その人の趣味や生活状態によって、食い物などはいろいろの相違のあるものであるから、もちろん一概には云えないことであるが、旧東京に生長した私たちは、やはり昔風の食い物の方が何だか夏らしく感じられる。とりわけて、夏の暑い時節にはその感が多いようである。
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