俄かに武蔵野の秋を見いだしたかのようにも感じられて、思わずその店先に足を停めるものは子供ばかりではあるまい。楊誠斎《ようせいさい》の詩に「時に微涼あり、是れ風ならず。」とあるのは、こういう場合にも適応されると思う。
夏の夜店で見るから涼しげなものは西瓜《すいか》の截《た》ち売りである。衛生上の見地からは別に説明する人があろう。私たちは子供のときから何十たびか夜店の西瓜を買って食ったが、幸いに赤痢《せきり》にもチブスにもならないで、この年まで生きて来た。夜の灯に照らされた西瓜の色は、物の色の涼しげなる標本と云ってもよい。唐蜀黍《とうもろこし》の付け焼きも夏の夜店にふさわしいものである。強い火に焼いて売るのであるから、本来は暑苦しそうな筈であるが、街路樹などの葉蔭に小さい店を出して唐もろこしを焼いているのを見れば、決して暑い感じは起らない。却ってこれも秋らしい感じをあたえるものである。
金魚も肩にかついで売りあるくよりも、夜店に金魚|桶《おけ》をならべて見るべきものであろう。幾つもの桶をならべて、緋鯉《ひごい》、金魚、目高のたぐいがそれぞれの桶のなかに群がり遊んでいるのを、夜の灯にみる
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