う》かんで、年ごとに栄えてゆく此の町がだんだんに詰まらなくなって行くようにも感じた。
茶碗
O君が来て古い番茶茶碗を呉《く》れた。おてつ牡丹餅《ぼたもち》の茶碗である。
おてつ牡丹餅は維新前から麹町の一名物であった。おてつという美人の娘が評判になったのである。元園町一丁目十九番地の角店《かどみせ》で、その地続きが元は徳川幕府の薬園、後には調練場となっていたので、若い侍などが大勢《おおぜい》集まって来る。その傍《わき》に美しい娘が店を開いていたのであるから、評判になったも無理はない。
おてつの店は明治十八、九年頃まで営業を続けていたかと思う。私の記憶に残っている女主人のおてつは、もう四十くらいであったらしい。眉《まゆ》を落して歯を染めた、小作りの年増《としま》であった。聟《むこ》を貰《もら》ったがまた別れたとかいうことで、十一、二の男の児《こ》を持っていた。美しい娘も老いておもかげが変ったのであろう、私の稚《おさな》い眼には格別の美人とも見えなかった。店の入口には小さい庭があって、飛び石伝いに奥へはいるようになっていた。門のきわには高い八つ手が栽《う》えてあって、その
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