。しかし女中たちは私にむかって何んにも云わなかった。私も云わなかった。
 これは私の若い時のことである。それから三、四年の後に、「金色夜叉《こんじきやしゃ》」の塩原《しおばら》温泉の件《くだ》りが読売新聞紙上に掲げられた。それを読みながら、私はかんがえた。私がもし一ヵ月以前にかの旅館に投宿して、間貫一《はざまかんいち》とおなじように、隣り座敷の心中の相談をぬすみ聴いたとしたならば、私はどんな処置を取ったであろうか。貫一のように何千円の金を無雑作に投げ出す力がないとすれば、所詮は宿の者に密告して、ひとまず彼らの命をつなぐというような月並の手段を取るのほかはあるまい。貫一のような金持でなければ、ああいう立派な解決は付けられそうもない。
「金色夜叉」はやはり小説であると、わたしは思った。[#地付き](昭和6・7「朝日新聞」)
[#改丁、ページの左右中央に]

   ※[#ローマ数字3、1−13−23] 暮らしの流れ

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素人脚本の歴史


 雑誌の人が来て、何か脚本の話を書けという。ともかくも安請合いに受け合ったものの、さて何を書いてよいか判らない。現在日本の演劇《しばい》をど
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