う書いてよいのか、自分も実は宇宙に迷って行き悩んでいるのであるから、とてもここで大きい声で脚本の書き方などを講釈するわけには行かない。何か偉そうなことをうっかり喋《しゃ》べってしまって、その議論が自分自身でも明日はすっかり変ってしまうようなことが無いとも限らない。で、そんな危《あぶ》ないことには手を着けないことにして、ここでは自分がこれまで書いた七、八十種の脚本に就いて、一種の経験談のようなものを書き列《なら》べて見ようかとも思ったが、それも長くなるのでやめた。ここではただ、素人《しろうと》の書いた脚本がどうして世に出るようになったかという歴史を少しばかり書く。
わたしはここで自分の自叙伝を書こうとするのではない。しかし自分の関係したことを主題にして何か語ろうという以上、自然に多く自分を説くことになるかも知れない。それはあらかじめお含み置きを願っておきたい。
わたしが脚本というものに筆を染めた処女作は「紫宸殿《ししんでん》」という一幕物で、頼政《よりまさ》の鵺《ぬえ》退治を主題にした史劇であった。後に訂正して、明治二十九年九月の歌舞伎新報に掲載されたが、勿論《もちろん》、どこの劇
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