。ふた回りか三回り入浴して来なければ、温泉の効《き》き目はないものと決められていた。
 たとい健康の人間でも、往復の長い時間をかんがえると、一泊や二泊で引揚げて来ては、わざわざ行った甲斐が無いということにもなるから、少なくも四、五日や一週間は滞在するのが普通であった。

     二

 温泉宿へ一旦踏み込んだ以上、客もすぐには帰らない。宿屋の方でも直ぐには帰らないものと認めているから、双方ともに落着いた心持で、そこにおのずから暢《のび》やかな気分が作られていた。
 座敷へ案内されて、まず自分の居どころが決まると、携帯の荷物をかたづけて、型のごとくに入浴する。そこでひと息ついた後、宿の女中にむかって両隣りの客はどんな人々であるかを訊《き》く。病人であるか、女づれであるか、子供がいるかを詮議した上で、両隣りへ一応の挨拶にゆく。
「今日からお隣りへ参りましたから、よろしく願います。」
 宿の浴衣を着たままで行く人もあるが、行儀のいい人は衣服をあらためて行く。単に言葉の挨拶ばかりでなく、なにかの土産《みやげ》を持参するのもある。前にも云う通り滞在期間が長いから、大抵の客は甘納豆《あまなっとう
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