、湯本以上の登山電車が開通するようになったのは、大正のなかば頃からである。そんなわけであるから、一泊でもかなりに気忙《きぜわ》しい。いわんや日帰りに於いてをやである。
それが今日《こんにち》では、一泊はおろか、日帰りでも悠々と箱根や熱海《あたみ》に遊んで来ることが出来るようになったのであるから、鉄道省その他の宣伝と相俟《あいま》って、そこらへ浴客が続々吸収せらるるのも無理はない。それと同時に、浴客の心持も旅館の設備なども全く昔とは変ってしまった。
いつの世にも、温泉場に来るものは病人と限ったわけでは無い。健康な人間も遊山《ゆさん》がてらに来浴するのではあるが、原則としては温泉は病いを養うところと認められ、大体において病人の浴客が多かった。それであるから、入浴に来る以上、一泊や二泊で帰る客は先ず少ない。短くても一週間、長ければ十五日、二十日、あるいはひと月以上も滞在するのは珍しくない。私たちの若い時には、江戸以来の習慣で、一週間をひと回《まわ》りといい、二週間をふた回りといい、既に温泉場へゆく以上は少なくともひと回りは滞在して来なければ、何のために行ったのだか判らないということになる
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