私も何だか悲しくなった。私もこれによく似た思い出がある。それが測らずも此の記事に誘い出されて、幼い昔がそぞろに懐かしくなった。
 名古屋《なごや》の秋風に飛んだ小さい羽虫とほとんど同じような白い虫が東京にもある。瓊音氏も東京で見たと書いてあった。それと同じものであるかどうかは知らないが、私の知っている小さい虫は俗に「大綿《おおわた》」と呼んでいる。その羽虫は裳《もすそ》に白い綿のようなものを着けているので、綿という名をかぶせられたものであろう。江戸時代からそう呼ばれているらしい。秋も老いて、むしろ冬に近い頃から飛んで来る虫で、十一月から十二月頃に最も多い。赤とんぼの影が全く尽きると、入れ替って大綿が飛ぶ。子供らは男も女も声を張りあげて「大綿来い/\飯《まま》食わしょ」と唄った。
 オボーと同じように、これも夕方に多く飛んで来た。殊に陰った日に多かった。時雨を催した冬の日の夕暮れに、白い裳を重そうに垂れた小さい虫は、細かい雪のようにふわふわと迷って来る。飛ぶと云うよりも浮かんでいると云う方が適当かも知れない。彼はどこから何処へ行くともなしに空中に浮かんでいる。子供らがこれを追い捕えるのに
前へ 次へ
全408ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング