に其の恩人にむかって礫《つぶて》を投げる。どんぐりは笑い声を出してからから[#「からから」に傍点]と落ちて来る。湿《ぬ》れた泥と一緒につかんで懐ろに入れる。やがてまた雨が降って来る。私たちは木の蔭へまた逃げ込む。
 そんなことを繰り返しているうちに、着物は湿《ぬ》れる、手足は泥だらけになる。家《うち》へ帰って叱られる。それでも其の面白さは忘れられなかった。その樫の木は今でもある。その頃の友達はどこへ行ってしまったか、近所にはほとんど一人も残っていない。

     大綿

 時雨のふる頃には、もう一つの思い出がある。沼波瓊音《ぬなみけいおん》氏の「乳のぬくみ」を読むと、その中にオボーと云う虫に就いて、作者が幼い頃の思い出が書いてあった。蓮《はす》の実を売る地蔵盆の頃になると、白い綿のような物の着いている小さい羽虫が町を飛ぶのが怖ろしく淋しいものであった。これを捕《とら》える子供らが「オボー三尺|下《さ》ン[#「ン」は小書き]がれよ」という、極めて幽暗な唄を歌ったと記してあった。
 作者もこのオボーの本名を知らないと云っている。わたしも無論知っていない。しかし此の記事を読んでいるうちに、
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