。白鳥はどこの巣へ帰ったのか、もう見えなくなりました。起き直って、巻莨《まきたばこ》を一本すって、その喫殻《すいがら》を水に投げ込むと、あたかもそれを追うように一つの白い花がゆらゆらと流れ下って来ました。透かしてみると、それは栗の花でした。
栗の花アヴォンの河を流れけり
句の善悪はさておいて、これは実景です。わたしは幾たびか其の句を口のうちで繰り返しているあいだに、船は元の岸へ戻って来ました。両君は櫂を措《お》いて出ると、私もつづいて出ました。貸船屋の奥には黄いろい蝋燭が点《とも》っています。亭主が出て来て、大きい手の上に船賃を受けとって、グードナイトとただ一言、ぶっきらぼう[#「ぶっきらぼう」に傍点]に云いました。
岸へあがって五、六|間《けん》ゆき過ぎてから振り返ると、低い貸船屋も大きい栗の木もみな宵闇のなかに沈んで、河の上がただうす白く見えるばかりでした。どこかで笛の声が遠くきこえました。ホテルへ帰ると、われわれの部屋にも蝋燭がともしてありました。
ホテルの庭にも大きい栗の木があります。いつの間に空模様が変ったのか、夜なかになると雨の音がきこえました。枕もとの蝋燭を
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