河下の方へあまり遠く行くなと注意してくれました。承知して、三人は船に乗り込みましたが、私は漕ぐことを知らないので、櫂《かい》の方は両君にお任せ申して、船のなかへ仰向けに寝転んでしまいました。
もう八時頃であろうかと思われましたが、英国の夏の日はなかなか暮れ切りません。蒼白い空にはうす紅い雲がところどころに流れています。両君の櫂もあまり上手ではないらしいのですが、流れが非常に緩いので、船は静かに河下へくだって行きます。云い知れないのんびりした気分になって、私は寝転びながら岸の上をながめていると、大きい栗の梢を隔てて沙翁紀念劇場の高い塔が丁度かの薄紅い雲のしたに聳えています。その塔には薄むらさきの藤の花がからみ付いていることを、私は昼のうちに見て置きました。
船はいい加減のところまで下ったので、さらに方向を転じて上流の方へ遡《さかのぼ》ることになりました。灯の少ないここらの町はだんだんに薄暗く暮れて来て、栗の立木も唯ひと固まりの暗い影を作るようになりましたが、空と水とはまだ暮れそうな気色《けしき》もみえないので、水明かりのする船端《ふなばた》には名も知れない羽虫の群れが飛び違っています
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