飛んで来ると、湯の町を一ぱいに掩っている若葉の光りが生きたように青く輝いて来る。ごむほおずきを吹くような蛙《かわず》の声が四方に起ると、若葉の色が愁《うれ》うるように青黒く陰って来る。
 晴れの使いとして鳩の群れが桜の若葉をくぐって飛んで来る日には、例の「どうも困ります」が、暫く取り払われるのである。その使いも今日は見えない。宿の二階から見あげると、妙義みちにつづく南の高い崖みちは薄黒い若葉に埋められている。
 旅館の庭には桜のほかに青梧《あおぎり》と槐《えんじゅ》とを多く栽《う》えてある。痩せた梧の青い葉はまだ大きい手を拡げないが、古い槐の新しい葉は枝もたわわに伸びて、軽い風にも驚いたように顫《ふる》えている。そのほかに梅と楓と躑躅《つつじ》と、これらが寄り集まって夏の色を緑に染めているが、これは幾分の人工を加えたもので、門《かど》を一歩出ると、自然はこの町の初夏を桜若葉で彩《いろど》ろうとしていることが直ぐにうなずかれる。
 雨が小歇《こや》みになると、町の子供や旅館の男が箒《ほうき》と松明《たいまつ》とを持って桜の毛虫を燔《や》いている。この桜若葉を背景にして、自転車が通る。桑を
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