思い出しました。海の霧は山よりも深く、甲板の上で一尺さきに立っている人の顔もよく見えない程でした。それから見ると、今日の霧などはほとんど比べ物にならない位ですが、その時と今とはこっちの覚悟が違います。戦時のように緊張した気分をもっていない今のわたしは、この山霧に対しても甚だしく悩まされました。
二人がここを出ようとすると、下の方から七人連れの若い人が来ました。磯部の鉱泉宿でゆうべ一緒になった日本橋辺の人たちです。これも無論に案内者を雇っていましたが、行く路は一つですからこっちも一緒になって登りました。途中に菅公|硯《すずり》の水というのがあります。菅原道真《すがわらみちざね》は七歳の時までこの麓に住んでいたのだそうで、麓には今も菅原村の名が残っていると云います。案内者は正直な男で、「まあ、ともかくも、そういう伝説《いいつたえ》になっています。」と、余り勿体《もったい》ぶらずに説明してくれました。
「さあ、来たぞ。」
前の方で大きな声をする人があるので、わたしも気がついて見あげると、名に負う第一の石門《せきもん》は蹄鉄《ていてつ》のような形をして、霧の間から屹《きっ》と聳《そび》えて
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