運んでゆく。赤とんぼが乱れ飛んで、冷たい秋の風は馬のたてがみを吹き、人の袂を吹いている。宿の女どもは門《かど》に立ち、または途中まで見送って、「御機嫌よろしゅう……来年もどうぞ」などと口々に云っている。歌によむ草枕、かりそめの旅とはいえど半月ひと月と居馴染《いなじ》めば、これもまた一種の別れである。涙もろい女客などは、朝夕親しんだ宿の女どもと云い知れぬ名残《なごり》の惜しまれて、馬車の窓から幾たびか見返りつつ揺られて行くのもあった。
修禅寺に詣でると、二十七日より高祖忌執行の立札があった。宝物一覧を断わられたのも、これが為であるとうなずかれた。
転じて新井別邸の前、寄席のまえを過ぎて、見晴らし山というのに登った。半腹の茶店に休むと、今来た町の家々は眼の下につらなって、修禅寺の甍《いらか》はさすがに一角をぬいて聳《そび》えていた。
この茶店には運動場があって、二十歳《はたち》ばかりの束髪の娘がブランコに乗っていた。もちろん土地の人ではないらしい。山の頂上は俗に見晴らし富士と呼んで、富士を望むのによろしいと聞いたので、細い山路をたどってゆくと、裳《すそ》にまつわる萩や芒《すすき》がお
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