どろに乱れて、露の多いのに堪えられなかった。登るにしたがって勾配がようやく険《けわ》しく、駒下駄ではとかく滑ろうとするのを、剛情にふみこたえて、まずは頂上と思われるあたりまで登りつくと、なるほど富士は西の空にはっきりと見えた。秋天片雲無きの口にここへ来たのは没怪《もっけ》の幸いであった。帰りは下り坂を面白半分に駈け降りると、あぶなく滑って転びそうになること両三度、降りてしまったら汗が流れた。
山を降りると田圃路《たんぼみち》で、田の畔《くろ》には葉鶏頭の真紅《まっか》なのが眼に立った。もとの路を還らずに、人家のつづく方を北にゆくと、桜ヶ岡《さくらがおか》の麓を過ぎて、いつの間にか向う岸へ廻ったとみえて、図《はか》らずも頼家の墓の前に出た。きのう来て、今日もまた偶然に来た。おのずからなる因縁浅からぬように思われて、ふたたび墓に香をささげた。
頼家の墓所は単に塔の峰の麓とのみ記憶していたが、今また聞けば、ここを指月ヶ岡《しげつがおか》と云うそうである。頼家が討たれた後に、母の尼が来たり弔って、空ゆく月を打ち仰ぎつつ「月は変らぬものを、変り果てたるは我が子の上よ。」と月を指さして泣いたの
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