と形容しても、どうも不十分のように思われる。解り易く云えば、子供のもてあそぶ千代紙の何百枚を細かく引き裂いて、四方八方へ一度に吹き散らしたという形であった。
「松島行きの乗合船は今出ます。」と、頻《しき》りに呼んでいる男がある。呼ばれて値を付けている人も大勢あった。
その混雑の中をくぐって、塩竈神社の石段を登った。ここの名物という塩竈や貝多羅葉樹《ばいたらようじゅ》や、泉の三郎の鉄燈籠《かなどうろう》や、いずれも昔から同じもので、再遊のわたしには格別の興味を与えなかったが、本社を拝して横手の広場に出ると、大きな神楽《かぐら》堂には笛と太鼓の音が乱れてきこえた。
「面白そうだ。行って見よう。」
同行の麗水《れいすい》・秋皐《しゅうこう》両君と一緒に、見物人を掻き分けて臆面もなしに前へ出ると、神楽は今や最中《さなか》であった。果たして神楽というのか、舞楽《ぶがく》というのか、わたしにはその区別もよく判らなかったが、とにかくに生まれてから初めてこんなものを見た。
囃子は笛二人、太鼓二人、踊る者は四人で、いずれも鍾馗《しょうき》のような、烏天狗《からすてんぐ》のような、一種不可思議の面《
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