人や、無名の英雄も潜《ひそ》んでいるであろうが、とにかく世にきこえたる人物の名をかぞえると、わたしがお辞儀しても口惜《くや》しくないと思う人は三人ある。曰《いわ》く、伊達政宗《だてまさむね》。曰く、林子平《はやししへい》。曰く、支倉六右衛門《はせくらろくえもん》。今度もこの三人の墓を拝した。
政宗の姓はダテと読まずに、イダテと読むのが本当らしい。その証拠には、ローマに残っている古文書《こもんじょ》にはすべてイダテマサムネと書いてあると云う。ローマ人には日本字が読めそうもないから、こっちで云う通りをそのまま筆記したのであろう。なるほど文字の上から見てもイダテと読みそうである。伊達という地名は政宗以前から世に伝えられている。藤原秀衡《ふじわらのひでひら》の子供にも錦戸太郎《にしきどたろう》、伊達次郎というのがある。もっとも、これは西木戸太郎、館《たて》次郎が本当だとも云う。太平記にも南部太郎、伊達次郎などと云う名が見えるが、これもイダテ次郎と読むのが本当かも知れない。どのみち、昔はイダテと唱えたのを、後に至ってダテと読ませたに相違あるまい。
いや、こんな詮議はどうでもいい。イダテにして
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