で、私たちは勝手に宿所を探さなければなりません。空家へはいったり、古廟《こびょう》に泊まったり、時には野宿することもありました。草原や畑に野宿していると、夜半から寒い雨がビショビショ降り出して来て、あわてて雨具をかぶって寝る。こうなると、少々心細くなります。鬼が出るという古廟に泊まると、その夜なかに寝相《ねぞう》の悪い一人が関羽《かんう》の木像を蹴倒《けたお》して、みんなを驚かせましたが、ほかには怪しい事もありませんでした。鬼が出るなどと云い触らして、土地のごろつきどもの賭場《とば》になっていたらしいのです。
 食事は監理部へ貰《もら》いに行って、米は一人について一日分が六合、ほかに罐詰などの副食物をくれるのですが、時には生きた鷄《とり》や生《なま》の野菜をくれることがある。米は焚《た》かなければならず、鷄や野菜は調理しなければならず、三度の食事の世話もなかなか面倒でした。私たちは七人が一組で、二人の苦力《クーリー》を雇っていましたが、シナの苦力は日本の料理法を知らないので、七人の中から一人の炊事当番をこしらえて、毎日交代で食事の監督をしていました。煮物をするにはシナの塩を用い、或いは
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