薄白く流れているのも、あわただしいようで暢《のび》やかな廓の師走らしい心持ちを見せていた。治六は煙りのゆくえを見るともなしに眺めていた。寒い風が彼の小鬢《こびん》を吹いた。
五
その頃の大音寺まえは人の家もまばらであった。枯れ田を渡る夜の風は茅《かや》屋根の軒を時どきにざらざら[#「ざらざら」に傍点]なでて通って、水谷《みずのや》の屋敷の大池では雁《がん》の声が寒そうにきこえた。
栄之丞が堀田原から帰った時には冬の日はもう暮れていた。妹のお光《みつ》の給仕で夕飯を食ってしまうと、高い空には青ざめた冷たい星が二つ三つ光って、ここらの武家屋敷も寺も百姓家も、みんな冬の夜の暗闇《くらやみ》の底に沈んでしまった。遠い百姓家に火の影がちらちら[#「ちらちら」に傍点]と揺らいで、餅を搗《つ》く音が微かに調子を取って響くほかには、ここらに春を待っている人もありそうにも思われない程に、ひっそりと静まり返っていた。栄之丞の兄妹《きょうだい》も春を待っている人ではなかった。
「今も言うような訳だが、どうだ、その家《うち》へ奉公に行って見ては……」と、栄之丞はうす暗い行燈の下にうつ向いてい
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