籠釣瓶《かごつるべ》
岡本綺堂

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)次郎左衛門《じろざえもん》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)日本橋|馬喰町《ばくろちょう》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)急にばたばた[#「ばたばた」に傍点]と
−−

     一

 次郎左衛門《じろざえもん》が野州《やしゅう》佐野の宿《しゅく》を出る朝は一面に白い霜が降《お》りていた。彼に伴うものは彼自身のさびしい影と、忠実な下男《げなん》の治六《じろく》だけであった。彼はそのほかに千両の金と村正《むらまさ》の刀とを持っていた。享保《きょうほう》三年の冬は暖かい日が多かったので、不運な彼も江戸入りまでは都合のいい旅をつづけて来た。日本橋|馬喰町《ばくろちょう》の佐野屋が定宿《じょうやど》で、主《しゅう》と家来はここに草鞋《わらじ》の紐を解いた。
「当分御逗留でござりますか」
 宿の亭主に訊《き》かれた時に、次郎左衛門は来春《らいはる》まで御厄介になるといって、亭主の顔に暗いかげをなげた。正直な亭主は彼のためにその長逗留を喜ば
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