ぐるめに可愛がってやりたいと思っている位であった。
 栄之丞のうしろ姿を見送って、次郎左衛門は駕籠の方へ引っ返すと、治六もいつの間にか駕籠を降りて、不安そうにこっちを窺っていた。
「旦那さま。今のは栄之丞でねえかね」
「むむ。丁度ここで逢ったのも不思議だ」
「わしがゆうべ、あんなことを言ったから、この往来なかで喧嘩でもおっ始めるのじゃあねえかと思って内々心配していたが、だいぶ仲がよさそうに別れたね」
「誰が喧嘩なんぞするものか、昔のおれとは違う」と、次郎左衛門は笑いながら駕籠に乗った。

     四

 仲の町の立花屋では、佐野のお大尽が不意に乗り込んで来たのに驚いた。亭主の長兵衛は留守であったが、女房のお藤がころげるように出て来て、すぐに二人を二階へ案内した。女中は兵庫屋へ報《しら》せに行った。
 二階には手炙火鉢《てあぶり》が運ばれた。吸物椀や硯蓋《すずりぶた》のたぐいも運び出された。冬の西日が窓に明るいので女房は屏風を立て廻してくれた。次郎左衛門のうしろの床の間には、細い軸物《じくもの》の下に水仙の一輪挿しが据えてあった。二人は女房や女中の酌で酒を飲んでいた。
 そのうちに女房
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