という強い反抗心をもち得なかった。彼は恋のかたきというよりも、むしろ一種の親しみやすい友達として栄之丞を取扱いたかった。
 しかしその親しみやすいといううちには、おのずからなる軽蔑の意味も含まれていた。次郎左衛門が彼に対して反抗心や競争心をもち得ないのは、相手を余りに見くびっていた結果でもあった。次郎左衛門は芝居や講談で伝えられているような醜《みにく》いあばた[#「あばた」に傍点]面《づら》の持ち主ではなかった。三十一の男盛りで身の丈《たけ》は五尺六、七寸もあろう。剣術と柔術とで多年鍛えあげた大きいからだの肉は引き締まって、あさ黒い顔に濃い眉を一文字に引いていた。彼は実に男らしい顔と男らしい体格とをもっていた。たしかに一人前の男として、大手を振って歩けるだけの資格をそなえていた。金も持っていた。力も持っていた。
 それに較べると、栄之丞は哀れなほどに貧弱なものであった。目鼻立ちこそ整っているが、背も低い、病身らしく痩せている。次郎左衛門と立ちならぶと、まるで大人と子供ほどの相違があった。次郎左衛門もこんな者を相手にして、まじめに闘う気にはなれなかった。情夫であっても何でも構わない。八橋
前へ 次へ
全139ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング