た[#「ばたばた」に傍点]と傾いて来たので……。こうなっちゃあ人間の力で防ぎは付かねえ」
 治六はきれいに諦めたらしく言っていた。去年からの主人の放蕩で、佐野で指折りの大家《たいけ》の身上《しんしょう》もしだいに痩せて来た。もっとも、これは吉原通いばかりのためではない。ほかに有力な原因があった。侠客肌の次郎左衛門は若いときから博奕場《ばくちば》へ入り込んで、旦那旦那と立てられているのを、先代の堅気な次郎左衛門はひどく苦に病んで、たびたび厳しい意見を加えたが、若い次郎左衛門の耳は横に付いているのか縦《たて》に付いているのか、ちっともその意見が響かないらしかった。
「百姓の忰《せがれ》めが長いものを指《さ》してのさばり歩く。あいつの末は見たくない」
 口癖にこう言っていた父は、自分の生きているあいだに、形見分けの始末なども残らず決めておいた。足利《あしかが》の町へ縁付いている惣領娘《そうりょうむすめ》にもいくらかの田地を分けてやった。檀那寺《だんなでら》へも田地《でんぢ》の寄進《きしん》をした。そのほか五、六軒の分家へも皆それぞれの分配をした。
「これでいい。あとは潰すともどうとも勝手にし
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