考えなければならなかった。彼はさらに百姓から商人に変らなければならなかった。それにしても急ぐことはない、まず暮れから正月は吉原でおもしろく遊んで、それから佐野屋の亭主とも相談して、なんとか相当の商売を見つけ出そうと考えていた。彼のふところには千両の金があった。
「旦那さま。まだお寝《やす》みなさらねえのでごぜえますかえ」
治六は寝返りを打って、衾《よぎ》の中から主人に声をかけた。
「天井でえらく鼠がさわぐので、眼が醒めてしまいました」と、彼はまた言った。
今までは気がつかなかったが、低い天井には鼠の駈けまわる音がおびただしく聞えた。次郎左衛門も無言で天井を仰いだ。
「旦那さま。おめえさま何か考えているんじゃごぜえませんかね。道中では毎晩よく眠らっしゃるのに、どうして今夜は寝ねえんだね。もう江戸へへえったから、ゆっくりと手足が伸ばせる筈だが……」と、治六は半分起き返って言った。「おめえさま。あしたの晩に吉原へ行くつもりかね」
「むむ。午前《ひるまえ》に髪月代でもして、午《ひる》過ぎから行くつもりだ。一緒に来い」
治六は黙っていた。
「いやか」と、主人は少し面白くない顔をして苦笑いを
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