うのであった。亭主も夢のように思われてならなかった。
「なにしろ、もう七、八年前から身代《しんだい》も痛み切っていたところへ、去年も吉原で二千両ほども遣う。ことしもそれに輪をかけて三千両ほども撒き散らす。それじゃあとても堪《たま》らねえ」と、治六は投げ出すように言った。「去年江戸から帰ってすっかり堅気になって辛抱しなさるようだったから、まあいい塩梅《あんばい》だとわしらも喜んでいたんだが、なあに、やっぱり駄目なことさ。おまけに今年の秋は八朔《はっさく》と二百|十日《とおか》と二度つづいた大暴《おおあ》れで田も畑もめちゃめちゃ。こうなったら何も悪いことだらけで……。それにわしらが知っているのも知らねえのもあったが、田地のいい所は四、五年まえから大抵よそへ抵当《かた》にはいっている。それが四方から一度に取り立てに来たんだから、いやもう埒《らち》はねえ」
「それで大家《たいけ》もばたばた[#「ばたばた」に傍点]と没落したんだね」と、亭主は深い溜め息をついた。
「それでも足利のおあねえ様や分家の手合いが寄り集まって、何とか埒《らち》をあけることに苦労しているんだが、どうも右から左に纏《まと》ま
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