悪魔――あるいはそうかも知れない。お筆という女は、自分のむかしの家を乗っ取られたのを怨んで、悪魔となって入り込んで来たのかも知れないと溝口医師も思った。
 文明開化の世の中にそんな馬鹿なことがあるものかと一方には打消しながらも、お筆が相変らずここらを徘徊して、友之助と吉之助との死についても何かの関係をもっているらしいということが、何だか一種の不思議のように思われてならなかった。こういう場合にはどの人も素人探偵になる。溝口も家内や出入りの者などをいろいろに詮議して、この事件について何かの秘密をさぐり出すことに努力したが、どうも思わしい効果を得なかった。唯そのなかで薬局生の小野の口から一つの新しい事実を聞き出した。
 小野はことし十九で、東京へ出てから足かけ四年になるのであるが、元来が薄ぼんやりした質《たち》の男で、いつまで経っても山出しの田舎書生であった。その上に一体が無口の方で、これまでなんにも話したことはなかったのであるが、先生から厳重の詮議をうけて、彼はどもりながらこんなことを言った。
「あのお筆さんという人は上林君によほど恋着《れんちゃく》していたようです。お嬢さんも上林君を慕
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