っていたようでした。去年の暮れ頃からお筆さんと上林君とはいよいよ親密になって、夜になって上林君が散歩に出ると、そのあとからお筆さんもそっと出て行くことがありました。」
それを早くに知らしてくれたら、なんとか方法もあったものをと、今更にかれを責めてももう遅かった。又それだけのことを知ったのでは、この事件の謎を解くにはまだ不十分であった。しかしこういうヒントをあたえられて、溝口医師は前後の事情を照らしあわせて、ともかくも一種の推断をくだすことが出来るようになった。
小野のいう通り、お筆とお蝶とが上林吉之助に恋着していたのは恐らく事実であろう。小野が薄ぼんやりしているを幸いに、若い女たちは薬局へはいり込んで、かなり大胆に振舞っていたかも知れない。こうなると、二人の女のあいだに競争の起るのは当然である。殊にお蝶には両親という味方があって、ゆくゆくは吉之助を婿にしようかという意向のあることを、慧眼《けいがん》のお筆は早くも覚ったらしい。それを防ぐには何とかしてお蝶を遠ざけてしまう必要がある。お筆はその方法をかんがえているところへ、あたかも矢田友之助から恋をささやかれたので、彼女はそれを巧みに
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