、かれらもお蝶とおなじ劇薬をのんだもので、もはや生かすべき術《すべ》もなかった。家内を残らずあらためたが、別に怪しむべき形跡も見いだされないので、かれら二人がどうして死んだのか、その子細はちっとも判らなかった。
「あいつです、あいつです。きっとあいつが殺したのです。」と、お銀は泣きながら叫んだ。「わたしが今帰って来たときに、ここの家からぬけ出して行ったのは確かにお筆でした。」
お筆の名を聞いて、人びとも又おどろいた。
四
お筆がここから出て行く姿を、お銀がたしかに見届けたとすれば、お筆もこの事件の関係者には相違ないが、果たして男ふたりを毒殺するほどの怖るべき兇行を敢てしたかどうかは疑問であった。さりとて男同士の心中でもあるまい。ほかに書置もなく、手がかりとなるべき遺留品も見あたらないので、警察でもこの事件の真相をとらえるのに苦しんだ。
「お筆という女はどうしてそんなに祟《たた》るんでしょう。」と溝口の細君はくやしそうに罵った。「ほんとうに飛んでもない悪魔にみこまれて、娘を殺されて、上林さんを殺されて、矢田さんを殺されて、しまいにはわたし達も殺されるかも知れません。」
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