って提灯をかざしてみると、その影は傘をかたむけて反対の方角へたちまちに消えて行った。そのうしろ影が、かのお筆によく似ているとお銀は思った。
 自分の家へはいると、留守をしている友之助のすがたは見えなかった。二、三度呼んだが、どこからも返事の声はきこえなかった。もしやと思ってお銀は表へ出て、となりの空家をあらためると、錠をおろしてある筈の格子がすらりと明いた。なんだか薄気味が悪いので、内へ引っ返して提灯をとぼして来て、沓《くつ》ぬぎからそっと照らしてみると、ひとりの男が六畳の座敷に倒れていた。いよいよ驚いて表へ飛び出して、門のそばの車夫の家へ駈け込むと、元吉は丁度居合せたので、すぐに一緒に出て来た。
 座敷のまんなかに倒れているのは上林吉之助であった。そればかりでなく、矢田友之助が台所に倒れていた。友之助は水を飲もうとして台所まで這い出して、そのまま息が絶えたらしい。亭主のあとから怖ごわ覗きに来た元吉の女房は、ふだんのおしゃべりに引きかえて、驚いて呆れて声も出せなかった。お銀は夢のような心持で突っ立っていた。
 元吉の注進をきいて、奥の溝口家からも皆かけ出して来た。溝口医師の診察によれば
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