ので、紅白の細かい紙の雪は群衆の帽子や肩の上に一面に降りかかってくる。もう斯うなると、代表的英国人も何にもあったものではない。沈着と謹慎を売物にしている英国人も今夜は明っ放しの無礼講である。喉が破裂しそうな大声をあげて歌う者がある。訳も無しにわっわっと呶鳴る者がある。旗を振ってあるく者がある。一種の小さい毛箒のようなウィスクを手に持って、誰でも構わずに人の顔をなで廻してゆく者がある。
このウィスクが唯一のいたずら道具で、若い女はみんな一本ずつ用意している。そうして人と人とが摺れ違う途端に男は女の顔を擦る。女は男の鼻を撫でる。うしろからその襟首を撫でまわすものもある。何となく擽ぐったいので、誰も彼れもきゃっきゃっと云って逃げまわる。逃げると云っても、犇々と押詰められている混雑のなかであるから自由に身をかわす余地はない。撫でられて擽ぐられて、きゃあきゃあ云うよりほかはない。われわれも幾度かその擽ったい攻撃を受けた。どこの国でも商売にぬけ目はなく、混雑の間をくぐってこのいたずら道具を売り歩いている商人も沢山あるが、百本や二百本のウィスクは瞬くひまに売れ切ってしまうので、土地馴れない我々には
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