容易に買い付けられない。
 くすぐったい顔をしかめながら、どうにか斯うにかピカデリー・サアカスを通りぬける間に、Z君といつかはぐれてしまった。M君と私とははぐれないように腕を組んでゆくと、その腕のあいだに割込んで通ろうとする人もある。花火の音がそこらでぽんぽんきこえると、その度毎に大勢の人が空を仰いでわっと鬨の声をあげる。玩具の喇叭を吹く者がある。汽笛のような笛を吹く者がある。しかもその喇叭を人の耳のそばで不意に吹き立てて大勢を嚇かしてあるく悪戯者もある。
 もう一つ、これらの悪戯者に脅かされたのは彼のタキシーである。タキシーがこの群衆のなかを押割って乗抜けようとすると、群衆は直にその進行を遮って、誰も彼も争って車の中に乗込んでしまって、余った者は馭者台にも腰を掛ける、屋根にも攀じ登る。そうして、鬨の声をあげながら混雑のなかを乗りまわしてゆく。勿論、十分の速力を出して駈るわけには行かないので、唯わあわあ云いながらよたよたと徐行していると、その左右からもうしろからも同じく鬨の声をあげながら後押をして行くものもある。空の自動車は斯うしてみな占領されてしまった。去年の休戦当時にも斯うした例が
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