べくZ君M君と三人づれで再び宿を出た。出るときに空を仰ぐと暗い雲はだんだんに倫敦の上を掩って、霧のような冷い細雨がほろほろと帽子の庇に落ちて来た。部屋へ引返して雨仕度をして出ると、近所の家々の軒にかけられた国旗が湿っぽい夜風にゆるく靡いている。
 此頃の倫敦は非常に日あしが長くて、夜も十時頃でなければほんとうに暮れ切れない。しかも今夜は昼から陰っているせいか、まだ八時というのに表はもう暮れている。われわれは薄暗い横町を足早にたどって、先ずオックスフォード・サアカスの大通りに出た。出てみると昼と夜とはまるで世間のありさまが変っている。どこから集まって来たか知らないが、無数の人間が三方から真黒に押寄せて来て、一方のピカデリー・サアカスの方角へ平押しに押してゆく。われわれもその渦のなかに呑み込まれて、殆ど無意識におなじ方面へ押されて行った。
 夕刊の新聞記事によると、今夜の賑いの中心はトラファルガー・スクエヤーで、そこで花火が揚がるという。群衆の潮もその方角へ向って流れてゆくらしい。そう思いながら、押されるままに進んでゆくと、路傍のホテルや料理店の二階三階からコンフェッチーが無暗に投げられる
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