戸棚から蒲団と衾《よぎ》をひき出した。彼は蒲団の上に坐り直して今夜のことを考えた。

 彼は両国の軍鶏屋で一人さびしく飲んでいた。しだいに酔いがまわって来るに連れて、彼はお里のことをふと思い出した。雨の降る日にでも遊びに来てくれとささやかれた甘い言葉を、又しても思い出した。きょうの雨で花火はお流れになって、列び茶屋も大抵休んでいることを彼はさっき見て知っているので、お里は家《うち》にいるに相違ないと思った。
「これから行って見ようかしら」
 林之助はふらふら[#「ふらふら」に傍点]とそんな気にもなった。お絹の影が彼の頭から消されたのではなかったが、酔っている彼は、なに、かまうものかと大胆に構えた。単にお里の家へ寄って来るだけのことならば、別に子細もない筈だと彼は自分で理屈をこしらえてしまった。勘定をすませて表へ出ると、秋の日はもう暮れ切って、雨戸を半分ひき寄せてある町屋《まちや》の灯の影が暗い往来を淡く照らしていた。雨は相変らず、むせぶようにびしょびしょと降っていた。彼は傘をかたむけて外神田まで濡れて行った。
 このあいだの晩お里に教えられた通りに、横町の酒屋の狭い裏へはいると、右側に
前へ 次へ
全130ページ中80ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング