あまり長く起きていては悪かろうと、お絹を寝かして林之助はそっと帰った。
「姐さんに気をつけておくれよ」と、林之助はお君に頼んで路地を出た。
暗い雨の音が、傘をたたいて、本所七不思議の狸でも化けて出そうな夕暮れであった。薄ら寂しくなった林之助は、これから屋敷へ帰って余りうまくもない惣菜《そうざい》を食うよりも、途中でなにかあったかいものでも食って行こうかと思った。お絹が起きていれば無論いっしょに食うつもりであったが、病人の枕もとに坐って自分ひとりで食う気にもなれないので、彼はそのまま出て来たのであった。お絹の家にいる時にたびたび食いに行ったことがあるので、林之助は近所の軍鶏屋《しゃもや》へはいった。
彼は一人でちびりちびりと酒を飲んだ。
十
その晩の四つ(十時)過ぎに、林之助は屋敷へ帰った。
「どうも遅くなって済まないね」
門番のおやじに挨拶して、彼は自分の部屋にはいった。うすら寒い雨の夜をあるいて来て、内へはいると急に酒の酔いが発したらしく、彼はかっか[#「かっか」に傍点]とほてる頬をおさえて自分の小さい机の上にしばらく俯伏していた。それからしずかに起ちあがって、
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