「一体どこが悪いんだ。飲み過ぎたんだというじゃあねえか」
「両国の方へ寄ったの。お花に逢って……」
「むむ。みんなに逢った」
 お絹はしばらく黙って俯向いて、油の匂う枕をうっとりと見つめていた。もう枯れかかった朝顔の鉢を一つ列べてある低い窓の外には、雨の音がむせぶように聞えた。
「林さん」と、お絹はだしぬけに言った。「あたし、お前さんにあやまることがあるの。実はおとといの晩、お花にうっかり誘い出されて、向島の料理茶屋へ行ったと思ってください。石を抱くまでもない、あたしは何もかも正直に白状しますよ。そのお客というのは何日《いつ》も来る浅草の質屋の息子で、あたしもちっとは面白いかと思って行ってみると、まるで大違い。あんまり癪にさわったから、自棄《やけ》になって無暗に飲んで、喧嘩づらでそこをふい[#「ふい」に傍点]と出てしまって、それからお前さんの屋敷へ押し掛けて行ったの。ね、判ったでしょう。お花がなにを言ったか知らないが、ほんとうの話はそれだけですからね。必ず悪くとっちゃあ困りますよ。それにしても、あたしが悪いんだから謝まります。堪忍してください」
「それだけのことなら何もあやまる筋で
前へ 次へ
全130ページ中75ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング