ら」に傍点]しゃべった。なんでもおとといの晩、姐さんはお花に誘い出されて向島のある料理茶屋へ行った。そこで無暗に飲んで来たらしいと言った。
「お花が奢《おご》ったのかしら」
「どうですかねえ」と、お若は意味ありげに笑っていた。
 お花がそんな所へ連れ出して奢る筈がない。客に連れられて行ったに相違ないということは、林之助にもすぐに判った。
「花ちゃんは悪い人よ」
 こう言ったお若は、豊吉と眼を見あわせて急に口をつぐんだ。
 林之助は面白くなかった。これには何か深い意味が忍んでいるらしく思われた。しかしこの上に根問《ねど》いしても、どうで正直のことは白状しまいと思ったので、彼はいい加減に話を切りあげて起った。
 外へ出ると雨はまだびしょびしょと降っていた。林之助は傘をかついで往来にぼんやり突っ立っていた。病気と聞いたらばなおさら急いでお絹を見舞うべきであるのに、彼はなんだか足が向かなかった。今の話の様子では、お花の取持ちで或る客と向島へ行ったらしい。しかもそれが普通の客ではないらしく思われてならなかった。自分のところへ押し掛けて来たのはその帰り途に相違ない。当てつけらしく自分をからかいに来
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