はなんとなる。林之助は去年のわびしい浪人生活を思い出さずにはいられなかった。お絹のものすごい眼に絶えず見つめられている怖ろしさと苦しさとを恐れずにはいられなかった。
お絹は自分を本所の家《うち》へ再び引き戻そうと念じている。冗談ではあろうが、屋敷をしくじるように祈っていると言ったこともある。あるいは今夜を手始めに、これからたびたびここへ押し掛けて来て、所詮《しょせん》この屋敷にはいたたまれないように仕掛けるのではあるまいかと、林之助はまた疑った。時節を待てとあれほど言って聞かせてあるのに、まだ判らないのかと林之助は腹立たしくもなった。彼は又もやお絹とお里とをくらべて考えた。お絹と深く馴染む前に、なぜ早くお里を見付け出さなかったのであろうと今更のように悔まれた。そうして、ふた口目には不二屋のことを言って、執念ぶかく絡《から》みかかるお絹の妬みがうるさくなった。おれはどうしても蛇の眼から逃がれることが出来ないのであろうか。これも因果と諦めてしまわなければならないのであろうか。おれは忌《いや》らしい蛇の縛《いまし》めを解いて、ほんとうの女と人間らしい恋をすることは出来ないのであろうか。
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