の手をとって駕籠に乗せようとすると、お絹は男の腕へぶら[#「ぶら」に傍点]下がるようにして処女《きむすめ》のようなあどけない甘えた声で言った。
「林さん。あたし、これからは何でもお前さんのいうことを素直に聞きますからね。不二屋へ行っちゃあいやよ。え、よくって」
「承知、承知」
銀河《あまのがわ》はいつか消えて、うす白い空の光りはどこにも見えなかった。お絹を乗せてゆく駕籠の端《はな》を、影の痩せた稲妻が弱く照らした。袖をかきあわせて立っている林之助の寝衣《ねまき》の襟に、秋の夜露が冷《ひや》びやと沁みて来た。
「遅く門をあけさせて、気の毒だったな」
門番に挨拶して林之助は自分の部屋へ帰った。
寝入りばなを起された彼は、目が冴えて再び眠られなかった。お絹は今夜なにしに来たのであろう。おそらく酒に酔った勢いで唯なにが無しにここへ押し掛けて来たものと解釈するよりほかはなかった。この頃だんだんに狂女染みて来るお絹の乱れ心を林之助は悲しく浅ましく思った。これがいよいよ嵩《こう》じて来たら何を仕いだすかも判らない。真っ昼間、ここの玄関へ乗り込んで来るかも知れない。その暁《あかつき》には自分の身
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