彼女の拳《こぶし》が幾たびかその扉に触れると、そばの出窓から門番のおやじが首を出した。
「どなた……」
門番は大きく呼んだ。
「あたしですよ」と、お絹は答えた。「仁科林之助さんに逢わしてください」
「門限をご存じないか」
「それでも急用なんですよ。早く明けてください。後生《ごしょう》ですから」
その媚《なまめ》いた口ぶりに門番も不審を打ったらしい。やがて行燈を持ち出して来て、窓のあいだから表の人の立ち姿を子細らしく照らして見た。
「急用でも夜はいけない。あしたまた出直して来さっしゃい」
「焦《じ》れったい人だね。用があるというのに……」
「おまえは一体だれだ。どこの者だ」と、門番は声をとがらせた。
「林之助の女房ですよ」
「林之助の女房……」
「だから、早く逢わしてください」
「では、待たっしゃい」
門番は不承ぶしょうに奥へはいった。お絹は古い門柱へ倒れるように倚《よ》りかかって、熱い息をふいていると、真っ暗な屋敷の奥では火の廻りの柝《き》の音がきざむように遠く響いて、どこかの草の中からがちゃがちゃ虫の声もきこえた。
やがて潜り門の錠をあける音がからめいて、暗い中から林之助の白
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