づ》きまわした。相手が酔っているので、お花はどうすることも出来なかった。女中たちはおどろいて燭台を片寄せた。
「手に負えねえ女だ」と、千次郎は持てあましたように苦笑《にがわら》いをしていた。
「姐さん。あやまった、あやまった。堪忍、堪忍……」
お花は小突かれながら頻りにあやまると、お絹は相手を突き放してすっくと起ちあがった。乱れた髪は黒い幕のように彼女の蒼い顔をとざして、そのあいだから物凄い二つの眼ばかりが草隠れの蛇のように光っていた。
「あたし、もう帰りますよ。誰がこんな所にいるもんか。駕籠を呼んでくださいよ」
八
向島を出たお絹の駕籠は四つ(午後十時)頃に、向柳原の杉浦家の門前におろされた。垂簾《たれ》をあげて這い出したお絹は、よろけながら下駄を突っかけて立った。提灯の灯《ほ》かげにぼんやりと照らされた彼女の顔はまだ蒼かった。暗い夜で、雨気《あまけ》を含んだ低い雲の間に、うすい天《あま》の河《がわ》が微かに流れていた。
駕籠屋にはなんにも言わないで、お絹はよろよろ[#「よろよろ」に傍点]と潜《くぐ》り門の前へあるいて行った。門にはもう錠がおろされていて、闇に白い
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